2016年08月31日

イケレソッテのリズム

30日の集まりのときに、話題になったのですが、元が同じ西平ウメさんの「イケレソッテ」の演奏が、富田友子さんの楽譜と千葉伸彦さんの楽譜では、リズムの解釈が違うということ。
ikeresotte.jpg
上が富田友子さん(『西平ウメ伝承トンコリ楽曲集と演奏法』)で、下が千葉伸彦さん(『西平ウメとトンコリ』)。
富田さんのほうは、|ズチャ、ンー|ズチャ、ンー|と、シンプルで分かりやすい。農耕民族的?
千葉さんのほうは、八分音符前へずれていて、ズ|チャッ、ンズ|チャッ、ンズ|と、内臓を引っ張られるような迫力がある。
posted by NOTO at 09:11| Comment(2) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
調べ物をしていてたまたまこの記事に行き当たりました。
これについては、きちんと書かなければならないと思っていたところですが、こちらの記事の中で問題にしてくださっているので、簡単にご説明したいと思います。
富田先生はトンコリ研究の先駆者で、非常に大きな存在です。私も最初は富田先生に手ほどきを受けましたし、北原次郎太さんもOKIも、皆、手ほどきを受けています。私はトンコリ研究者として先生に非常に敬意を抱いております。
そして、問題の「手」ですが、ご指摘の通り、富田先生のイケレソッテと私の説明するイケレソッテは、リズムが半拍ずれております。私が元にしている演奏は、いくつかありますが、いちばん分かり易い一例は、1958年の演奏です(アイヌ民族博物館『西平ウメとトンコリ』に収録されています)。それがどうして富田先生と半拍ずれた形になっているかというと、根拠は同じ録音にある「イケレソを歌い、トンコリを弾いてくださいます」といった杉村満さんの説明で始まる演奏にあります。これは要はトンコリの「イケレソッテ」を伴奏に「ヤイカテカラ」を弾き語りで歌っているのですが、これを聞くかぎり、富田先生のイケレソッテとは拍の表裏が逆になっているのです。結論から言えば、富田先生のイケレソッテは、どこかで拍の取り方が逆になってしまっていると考えられるわけですが、私は富田先生を尊敬するあまり、先生が間違っているとは言いたくなかったので、あえてこの点には触れなかったのです。ただ自分の書くものを事実に従って書いていれば、いずれわかる人はわかるだろうと思っていたわけです。でも、この、ある意味で弱気な態度は、研究者としては中途半端であると、最近になって反省しています。実は2年ほど前に、富田先生から直接クレームがつけられたのです。私が教えた人が、どのような意図でかはわかりませんが、このことを富田先生に直接確かめたようで、それを聞いて富田先生はお怒りになったようで、今度は直接私に「私の知らないところでデタラメを言っているようだけれど、あなたはトンコリを習っていないのだから分かるわけがないのよ」と、お叱りを受けました。その際も私はどうも、先生に対して口論を挑むような、あまり悪いことばをかける気がしませんでしたが、後に間に入ってくださった富田先生の息子さんは、私の言い分を100%ご理解くださったのと思います(たぶん)。しかしながら結局のところ、その後もこれまで、私は公にはこの点について何も語っていないので、世の中のトンコリ愛好家は混乱していると思います。ちなみに、富田先生の「スマリプーコサン」も同様で、富田先生のスマリプーコサンは、富田先生の「イケレソッテのフレーズの最後に左手の連続するテテン、という手が付くだけですが、これも前述の1958年の資料の「キツネ」を聞くとわかるように、左右のリズムが逆になっています。さらに言えば、富田先生の説明する「イケレソッテ」「スマリプーコサン」の手は、実は別の曲「ホリピイコス」の手なのです(前述の資料では「踊りの伴奏」)。トンコリは、弦の数も少なく、演奏のパターンにも限りがありますが、その中で先人たちは同じ手順を表裏ひっくり返して使って、レパートリーを増やす工夫をしていたというわけなのだと思います。混同しやすい材料がすでにたくさんあったわけです。ともかく、この左右の手の運びは、表のパターン、裏のパターンとも、非常に多くの曲で使われていて、トンコリ演奏の基本中の基本です。西海岸トンコリ伝承者の藤山ハル媼も、調弦は全然違いますが、同じ手順を多用しています。最後に、富田先生の「イケレソッテ」と「スマリプーコサン」は、オリジナルに対して誤解が含まれたものであり、オリジナルの解釈に対しては「間違っている」と言わざるを得ません(富田先生すみません!)が、すでに多くの人が演奏しており、私はそれに対して全否定するつもりもありません。伝承とは、そもそも多くのヴァリエーションを作りながら伝わっていくもので、そこには工夫だけでなく、勘違いや個人の癖などいろいろな要因が含まれるものです。どれかを「正統」とあまり頑なに決めつける必要もないのではないかと思っています。たとえて言えば、西平ウメさんの「カラスの水浴び」もより古い伝承では「キツツキ叩く叩く」です。富田先生の教える「イケレソッテ」「スマリプーコサン」は、「富田先生の教えるイケレソッテとスマリプーコサン」ということで、皆が演奏していても全く差し支えないと思っています。そうした事情がある話なのです。今度、どこかにきちんと書きたいと思っております。長くなってすみませんでした。これからもぜひトンコリを楽しんでいきましょう!神奈川のトンコリ愛好家 千葉伸彦
Posted by 千葉伸彦 at 2018年01月18日 12:00
千葉伸彦様
原著者御本人様から直々詳しい事情をご説明いただき、恐縮しています。
お弾きになっている御本人様が意識されていない癖や「のり」のようなものがあって、それを受け取る側にも聴き癖と言ったらいいのでしょうか、そういうものがあるのだと思います。
正確な記録としては、録画・録音するのがいいのでしょうが、教わった人に伝わった時点で、音楽はその伝わった側の人のものになるというか、その人の色に染まっているわけで、それは仕方がないというか、そういうもので、そこがまたおもしろいところなのだと思います。
尊敬するあまりに、逆に意に反した結果になってしまう、という感じ、分かるような気がします。
わたしたちは、先生なしに、勝手にトンコリを鳴らして遊んでいるグループです。伝承曲に関しては、楽譜や録音を真似をして弾いています。千葉様の楽譜は、詳しすぎて難しいと、横目で見て置いておく状態です(失礼!)。
もっとも、トンコリの曲は、楽譜を見て頭で勉強するもの、というよりは、もっと体で感じて、自分の体の一部のように自由に演奏できるようになれるのがいいのだろうなあと、最近感じています。
コメント、ありがとうございます。
Posted by 田中敬三 at 2018年01月24日 10:43
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